毒親じゃないのにしんどい。感謝してるのに苦しいのはなぜ?
世間で言われる「毒親」ほどではない。むしろ、親は必死に自分を育ててくれた。ご飯も作ってくれたし、学費も出してくれた。感謝もしてる。尊敬もしてる。
ただ、生きづらい。
仕事では周りに気を遣って、我慢ばかりしてる。実家に帰ると、どっと疲れる。母親からのLINEを見るたび、胸の奥がズンと重くなる。
毒親じゃないのに、なんで?
「こんなにしてもらったのに、しんどいなんて思う私は親不孝なのかな。」

こんにちは、心理カウンセラーの立花やよいです。
私自身もシングルマザーに育ててもらいました。苦労してる母を見てきたから、育ててもらった恩もある。文句なんて言ったら親不孝者になると思って、長い間、誰にも相談できなかったんですよね。
今日は、そのしんどさがどこから来ているのか、一緒にほどいていきますね。
親を悪く言えない環境で、何が起きるのか
たとえば、親がシングルで、休みなく必死に働いていた。
あるいは、兄弟が病気で、親がそちらにかかりっきりだった。
こういう家庭環境だと…
親が一生懸命であればあるほど、子供心に空気を読んでしまうんですよね。
目の前で一生懸命な親を前に、
「これ以上、手間をかけさせてはいけない。」
「心配をかけてはいけない」
「私が我慢すれば、丸く収まる。」
文句を言うこと、わがままを言って甘えること、疲れたと弱音を吐くこと。
子どもだったら当たり前に抱く気持ちさえも、自分の中で禁止するようになっていく。
そうやって
「自分のことは後回し」
「我慢して当然」
という感覚が、無意識に染みついていきます。
だから大人になっても、
言いたいことが言えない。仕事でも恋愛でも我慢する。どこに行っても無難にいい人を演じてしまう。
そんなパターンが、できあがってしまうんです。
その生きづらさがあの頃の名残りなのだとしたら
親を嫌いになりたいわけじゃない。
悪く言いたいわけでもない。
だからこそ…
「まあ、たしかにしんどいこともあったかな」と感じた瞬間に、
「いやいや、親も大変だったんだから」って、自分で自分を黙らせてしまうんですよね。
でも、言えなかった本音、本当は甘えたかった寂しさ、飲み込んできた言葉は、消えたわけではなく身体にずっと溜まっています。
大人になった今、あの時の我慢をほどいていい

親を嫌いにならなくてもいい。感謝のままでいい。
ただ…子どもの頃は、我慢するしかなかったんですよね。
ずっと我慢して、頑張ってきたんだね。
だからこうして、毒親じゃないのになんでって思うくらい、傷ついてきたんだね。
とても苦しかったね…
その辛さを、もう一人で抱えていなくていいんですよね。
あの時は、それが自分の役割だと思っていたかもしれない。
でも今は、もうあの時とは違う。
もう…肩の荷を降ろしていい。
「うちは毒親じゃないけど、なんかしんどい。」そんな方はこちらもあわせてどうぞ。
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我慢してしまう私。
言いたいことを飲み込んでしまう私。
甘えることができない私。
その子たちには、それぞれ役割があります。
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